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福岡地方裁判所小倉支部 昭和57年(ワ)26号 判決

原告 角野浩志

右訴訟代理人弁護士 配川寿好

同 前野宗俊

同 臼井俊紀

同 吉野高幸

同 高木健康

同 中尾晴一

同 住田定夫

同 横光幸雄

同 尾崎英弥

被告 福岡県

右代表者知事 奥田八二

右訴訟代理人弁護士 国府敏男

主文

一  被告は原告に対し、金一、一四一万六、三三二円と、これに対する昭和五六年一月二八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二、八二二万七、一八五円と、これに対する昭和五六年一月二八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告(昭和三六年七月三〇日生)は、昭和五二年七月一二日当時、福岡県立門司高等学校(以下「本件高校」という。)の生徒(一年生)であり、ハンドボール部に所属していた。

(二) 被告は、本件高校の設置、管理者である。

2  事故の発生

原告は、次の事故(以下「本件事故」という。)により、外傷性くも膜下出血の傷害を負った。

(一) 原告は、昭和五二年七月一一日午後四時ころから、門司区内の高校体育大会が翌日本件高校の校内グランドにおいて開催される予定であったため、他のハンドボール部員一六、七名らと共にコートのライン引き、草取り等のグランドの整備作業を行っていた。

そして、右グランドの東南部ではハンドボールのコートに接して、同校野球部員約二〇名がフリーバッティングを含む練習を行っていた。

(二) 同日午後六時ころ、コートのライン引きをしていた原告の右側頭部に同校野球部員訴外岩倉利昭の打球が直撃した。

3  責任原因

(一) 右野球部員のフリーバッティングを含む練習は、本件高校野球部監督訴外山本憲弘(以下「山本監督」という。)の監督指導により行われたが、特別教育活動の一環として、正規の教育活動に含まれるものである。

そして、右野球部の練習活動が正規の教育活動である以上、右野球部練習に内在する危険性に鑑み、本件高校長、野球部指導監督には職務上当然に練習から生ずべき事故の発生を未然に防止し、もって生命、身体の安全について万全を期すべき注意義務が存する。

(二) 本件事故は、本件高校のグランドにおける野球部の練習位置とハンドボール部のコートが接近していたために発生したものである。

野球部のフリーバッティングを含む練習の際、打球は通常の外野の距離まで飛ぶことは充分予想できるところであるから、右距離の範囲内に第三者が位置することは極めて危険である。

(三) 本件事故は、被告の公務員である校長、顧問教諭の次のような職務執行上の過失に基因するものである。

(1) 本件高校長訴外大澤利明(以下「大澤校長」という。)は、学校管理、危険防止、指導監督に対する指示等に関し包括的権限を有しているのであるから、ハンドボール部のコート使用中の危険防止のため野球部の練習位置とハンドボールのコートに適当な間隔を保つべき指示を与える等、ハンドボール部員の生命、身体の安全を保つための適切な措置を講ずる注意義務を負担しているのにこれを怠った過失により、本件事故を発生させた。

(2) 野球部顧問教諭訴外岸田幸一(以下「岸田教諭」という。)は、野球部の打球がハンドボール部のコートに飛び、ハンドボール部員の生命、身体に危険を及ぼすことを充分予測し得たのであるから、自ら又は山本監督と密接に連絡をとって、練習方法を工夫する等、顧問教諭としてハンドボール部員の生命、身体の安全を保つための適切な措置を講ずる注意義務を負担しているのにこれを怠った過失により、本件事故を発生させた。

(四) よって、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告に対し、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 逸失利益

原告は、本件事故により、前記傷害を受け、昭和五二年七月一二日から同年七月二八日まで小倉記念病院で入院治療を受け、その後同年一二月九日まで同病院で通院治療を受けたが、昭和五六年一月二七日、外傷性てんかん症が発症し、結局、外傷性てんかんの後遺症を残し、右後遺症は労働基準法施行規則別表第二表の第九級に該当する。

右後遺症の労働能力喪失率は、労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)の別表「労働能力喪失表」によれば、三五パーセントである。

そして、原告の前記後遺症は終生継続するものであるから、右労働能力の低下は原告の稼働可能期間を通じて継続する。

原告は、昭和五五年三月本件高校を卒業し、昭和五六年四月福岡建設専門学校に入学し、昭和五八年三月卒業した。したがって、原告の将来予想される年収は、賃金センサス(昭和五四年度)第一巻第一表産業計、企業規模計、男子労働者学歴計、年合計の平均年給与額は金三八二万七、七〇二円である。

以上のことに、原告は二一才から六七才まで稼働可能であることを考慮すると、ライプニッツ式計算法により原告の将来の逸失利益につき、後遺症発症時(原告の年令一九才)の現価を算出すると金二、一七二万七、一八五円となる。

382万7,702円×0.35×(18,077-1,859)=2,172万7,185円

(二) 慰藉料

原告は、前記傷害、後遺症により、一九才にして一生投薬を継続しなければてんかん発作を完全に防止し得ない状態になっており、右状態に対する精神的苦痛は計り知れないものがあり、それを慰藉するには、少なくとも金四〇〇万円を要する。

(三) 弁護士費用

原告は本件訴訟を原告代理人らに委任し、福岡県弁護士会弁護士報酬規定の範囲内の報酬を支払う旨約した。

右弁護士費用のうち金二五〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害である。

5  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害合計金二、八二二万七、一五八円と、これに対する後遺症発症日の翌日である昭和五六年一月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2について、

原告が本件事故により外傷性くも膜下出血の傷害を負ったことは争う。

(一)の事実は認める。但し、昭和五二年七月一一日午後四時ころからとある部分は、同日午後五時半ころからである。

(二)の事実は認める。但し、右側頭部ではなく右前側頭部であり、直撃ではなく、原告の手前でワンバウンドして当ったものである。

3  同3のうち、野球部員のフリーバッティングを含む練習が山本監督の指導により行われていたこと及び野球部のフリーバッティングを含む練習の際、打球は通常の外野の距離まで飛ぶことは充分予想できるところであるから、右距離の範囲内に第三者が位置することは極めて危険であることは認め、その余は争う。

本件高校における部活動の指導等は次のとおりであり、被告に責任はない。

(一) 本件高校においては生徒会活動の一環として文化部、運動部等の部活動を実施しており、野球部及びハンドボール部は、右運動部中の部である。

各部活動は校長が任命した正、副の顧問教諭が指導、助言を行うこととされているが、生徒会活動の性格上生徒の主体性、自主性を尊重しており、従って、部活動は部員である生徒の中から選ばれた部長を中心として生徒自体によって活動がなされているのが実態であって、体育の授業または必修クラブ活動とは異なり、終始顧問教諭が立会って個別的具体的に指導、助言しなければならないものではない。

(二) 本件事故当時は、野球部の正顧問は岸田教諭、副顧問は訴外三堀治夫教諭、ハンドボール部の正顧問は訴外樋口有二教諭、副顧問は訴外小田守男教諭であった。右小田教諭は、体育教科の主任教諭でもあった。

(三) 本件高校においては、運動部のうち六部が同時に運動場を使用して部活動を行うため、昭和五二年度は、大澤校長の指導により校務分掌上の生徒指導部の生徒会係に属する体育部長が総括責任者となり、運動各部の顧問教諭及び生徒である部長が以下のような運動場使用並びに危険防止についての申合せを行って、運動場における部活動を実施していた。

即ち、(イ)運動場を使用できる部は、野球・ラグビー、ハンドボール、テニス、陸上競技及びバレーボール(男・女)の六部とし、バレーボール(男・女)部は体育館使用ができない日に限って使用できるものとする(ロ)使用時間は、三月から一〇月までは一六時から一八時三〇分まで、一一月から二月までは一六時から一八時とするが、対外試合前において、顧問又は監督が指導している場合には若干の時間延長を認める(ハ)定時制の援業で運動場を使用する場合には練習を休止する(ニ)運動場におけるコート割は別紙図面のとおりとする(ホ)危険防止対策としては、

(1) 野球部がフリーバッティング又は外野ノックを行うときは、事前に他の練習クラブに連絡をする。なお、その際、内、外野手以外に控え部員を監視員としてできるだけ多く配置し、他部のコートに打球が入らないように球を処理する。

(2) 監視員は野球部のみではなく、他の部においても数名を配置して、打球が伸びる場合には必ず声をかける。

(3) 陸上競技部は野球のフリーバッティング及び内、外野ノックの場合には柔軟体操又は学校周辺のジョギングを行い直線走路の使用はしない。

(4) 各部共野球部の練習位置に対して、できるだけ背中合わせにならないよう練習位置、方法を工夫し、常に打球の監視ができるように努める。

(5) ラグビー部、ハンドボール部においては野球部の練習の種類と時間の組合せについて、具体的に且つ詳細に打合せをする

というものである。

そして以上の申合せは各部員に周知徹底されており、野球部がフリーパッティングを始めたときは、ハンドボール部は、部員を監視員として配置することは勿論、ハンドボールコートのうち野球部から遠い方の半面のみを使用して練習することに打合せられていた。

(四) 本件事故発生当時、ハンドボール部の樋口正顧問教諭は出張のため不在であり、副顧問の小田教諭は体育教科主住兼体育大会の役員でもあったところから、各競技チームの練習全般を見回っており、ハンドボール部員と行動を共にしていなかったが、ハンドボール部は、学校行事としての体育大会の練習は既に終了し、自発的に試合準備のためのコート整備作業を行っていたものである。

また、野球部の岸田教諭は翌日の体育大会の同校女子ソフトボールチームの責任者であったため、午後五時三〇分までは同チームの練習指導と打合せを行い、その後は野球部の顧問として同部の練習に立会ったが、午後五時四〇分ころあとの指導を山本監督に委ね、職員室に引き上げたので、本件事故発生時は不在であった。

更にまた、山本監督はキャッチボール等の練習終了後、四日後に甲子園大会県北予選を控えていたため、レギュラー選手のフリーバッティングを始めたのであるが、前記申合せに従い、内、外野手のほか、控え部員を配置して、打球による事故を未然に防止する措置を講じていた。

(五) 午後六時ころ、左打者である訴外岩倉利昭の打球が、低いライナーの所謂ヒット性の当りとなり、配置されていた野手その他の部員の間隙をぬい、偶々、身体の右側面をホームベース側に向けて、ゴールポスト近くにしゃがみ込んで作業をしていた原告の約三メートル手前でワンバウンドして、原告の右前側頭部に当った。

(六) 以上のとおり、運動場の使用による運動各部の活動について、校長をはじめ顧問教諭、野球部監督は事故防止について充分な注意義務を果しており、その間なんらの注意義務違反は存在しないのであって、偶々前記のとおりの状況において本件事故が発生したにすぎないのであるから、本件事故について被告に損害賠償責任が生ずるいわれはない。

4  同4は争う。但し、原告の入、通院、外傷性てんかんの発症、学校関係は認める。

原告の外傷性てんかんは受傷後約三年半後に発症したのであるから、医学的見地からみて、本件事故と因果関係がない。

三  抗弁

(過失相殺)

仮に、被告に責任があるとしても、本件事故については、原告にも過失があった。即ち、原告は、昭和五二年四月からハンドボール部員として毎日練習していたものであるから、野球部に対する事故防止の対策及び要領を知悉していた、のみならず、当日は、翌日の大会準備のためハンドボール部の練習は行われず、コートの整備が行われたのであるが、野球部がフリーバッティングを始めたことは、気配からでも、野手の掛声からでも十分に知ることができたのであるから、このような場合、原告としては、野球部側に背を向けず、対面してコート整備をする等して危険防止の努力をなすべきであったのに、これを怠り、漫然と、横向きになって作業をしていた過失により、打球を避けることができず、本件事故が発生した。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  事故の発生について

次の事実は当事者間に争いがない。

1  原告は、昭和五二年七月一一日夕刻、門司区内の高校体育大会が翌日本件高校の校内グランドにおいて開催される予定であったため、他のハンドボール部員一六、七名らと共にハンドボールコートのライン引き、草取り等のグランドの整備を行っていた。

そして、右グランドの東南部ではハンドボールのコートに接して、同校野球部員約二十名がフリーバッティングを含む練習を行っていた。

2  同日午後六時ころ、コートのライン引きをしていた原告の頭部に同校野球部員訴外岩倉利昭(三年生)が打った打球が当った。

《証拠省略》によれば、原告は本件事故により外傷性くも膜下出血、脳挫傷の傷害を負ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  被告の責任

野球部員のフリーバッティングを含む練習が山本監督の指導により行われていたこと、野球部のフリーバッティングを含む練習の際、その打球は外野の定位置まで飛ぶことは充分予想できるところであるから、右飛距離の範囲内に他の球技等をする第三者が位置することは極めて危険であること、本件事故当時の校長は大澤校長、野球部の正顧問教諭は岸田教諭であることは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。即ち、

1  本件高校のグランドは、東西、南北とも約九〇メートル程度で、高等学校設置基準に定められた半分程度の敷地面積しかないうえ、地形的にそれ以上の敷地の拡張は不可能な状況にあったこと、そして本件高校においては生徒会活動の一環として運動部に野球部、テニス部、ラグビー部、陸上部、バレーボール(男女各一部)及びハンドボール部が設けられ、これら各部が放課後略別紙図面のとおり(バレーボール部は体育館の使用ができない日のみ)割り当てられた範囲で練習をしていたこと、これを野球部とハンドボール部との関係でみると、野球部のため引かれたダイヤモンドのホームベースから、ライト方向にある東西に引かれたハンドボールコートのラインのうち南側(野球部寄り)までは約四〇メートル程度、北側のラインまでは約八〇メートル程度に過ぎず、ライト守備の定位置はハンドボールコートの中に入ってしまうこと、このため本件事故前からフリーバッティングの打球がハンドボールコート内、又はレフト方向に同様の位置にあるラグビー部の練習場所にライナーで飛球し、これが練習中の生徒に当ることが再々あったこと。

2  右各運動クラブは、校長が任命した正・副の顧問教諭がこれを指導、助言することとなっていたが、生徒会活動としての性格上なしうる限り生徒の主体性を尊重し、部長を中心とする生徒の自主的な練習に委せてきたこと、しかしながら、特に野球部のボールが練習中の他部生徒付近にまで飛来してその身体に当たるという1に認定の状況から、その危険性は各顧問教諭や校長にも十分に認識されており、これが防止のための対策として、各顧問教諭、各クラブ部長(生徒)間で一応(1)野球部がフリーバッティングまたは外野ノックを行うときは、事前に他のクラブに連絡する、(2)野球部では外野手以外に監視のための部員を配置し、打球が他クラブの練習場所まで伸びる場合は声を掛けて注意を促す、(3)各部は打球の監視ができるよう野球部の練習位置に対してできるだけ背中合わせにならないよう練習位置、方法を工夫する、(4)特にラグビー部、ハンドボール部においては、野球部の練習の種類、時間の組合せについて詳細に打ち合せる等々という口頭の申合せがなされていたこと。

3  しかしながら右申合わせは実際には生徒間に周知徹底しておらず、これをハンドボール部にとってみた場合、生徒間で自衛策として先輩から伝えられたとおり監視役の生徒を置き打球の方向により「上々」又は「頭々」の声が掛けられた場合は練習中の生徒が頭を抱え、「下々」又は「足々」の声が掛けられた場合はこれをよけるという程度のことが実行されていたにすぎなかったこと。

4  本件事故当時、野球部は山本監督の指導の下、四日後に控えた甲子園大会県北予選に備えて、レギュラー選手のフリーバッティング練習を始め、一五、六名の部員を内外野に配置して打球の補球にあたらせたが、左打者である訴外岩倉利昭の打球が、低いライナーの所謂ヒット性の当りとなり、配置されていた野球部員の間隙をぬい、身体の右側面をホームベース側に向けて、ハンドボールのゴールポスト付近(バッターからの直線距離は約四七メートル)にしゃがみ込んでライン引きをしていた原告の頭部に当った。

5  本件事故時、岸田教諭は出張のため不在であり、練習には立会っていなかった。

6  本件高校では、本件事故後、野球部のフリーバッティング練習による危険防止のため、申合せ事項等を文書化したり、野球部の練習場を校外に求めたりした。

ところで原告が主張する大澤校長の過失について検討を加えるに、凡そ高等学校における野球部等の課外クラブないし部活動は、大学におけるそれと異なり、法令(学校教育法施行規則五七条、五七条の二)上特別教育活動として位置づけられており、生徒の主体性、自主性が尊重されているとはいえ、学校教育の一環たる実質を失うものではないから、本件高校の運営全般を総括掌理する立場にある大澤校長が右教育活動につき生徒の安全を確保し、これを保護監督すべき諸策を講ずる義務を負担することは学校教育法の精神に照らして明らかである。しかして、前示当事者間に争いがない事実及び1ないし6の認定事実によれば、本件高校では、挟隘なグランドの中に常時運動部六クラブの練習が確保されねばならないという誠に困難な客観的要請が存したとはいえ、一方では、野球部の練習がなされた場合打球が再三にわたり練習中の他クラブ生徒の身体に当っていたというのであるから、これにより事故の発生する危険性を具体的に且つ容易に予見できたものというべきであり、このような場合、学校長としては、前記認定にかかる事故対策の申合せの周知徹底を図ることはもとより、野球部と他部間の利害がからむ練習時間、練習方法の組合せ等を各クラブの生徒の自主的決定のみに委ねることなく、指導監督を担う顧問教諭ら間において積極的に打合せ、計画し且つ厳守するよう事故防止のための人的物的な仕組みないし体制の確立と実行を具体的に指示し、もって事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負担しているというべきに拘らず、大澤校長はこれを怠り、野球部の練習に関し事故防止のため人的物的になんら実効性ある仕組みないし体制の確立と実行を具体的に指示することなく、漫然と不充分且つ危険な練習体制をその侭放置したことにより本件事故を発生させたといわなければならないから、本件高校の設置、管理者である被告は、国家賠償法一条一項により、原告が本件事故により被った後記認定の損害を賠償する義務があることは明らかである。

四  そこで、以下原告が被った損害について判断する。

1  逸失利益

次の事実は、当事者間に争いがない。

原告は、本件事故により、前認定の傷害を受け、昭和五二年七月一二日から同年七月二八日まで小倉記念病院で入院治療を受け、その後同年一二月九日まで同病院で通院治療を受けたが、昭和五六年一月二七日、外傷性てんかん症が発症したこと及び原告は、昭和五五年三月本件高校を卒業し、昭和五六年四月福岡建設専門学校に入学し、昭和五八年三月卒業したこと。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  原告は、本件事故後である昭和五六年一月二七日(原告の年令一九歳)と昭和五八年六月一四日、外傷性てんかんの発作を生じたが、事故当時、健康な男子高校生であったことに加えて、事故前、てんかんの発作を生じたことはなく、本件事故以外に頭部に傷害を受けたことがないことからみて、右外傷性てんかんの発作は本件事故によるものと考えられること。

なお、原告のてんかんの発作継続時間は、軽い時で一分間、ひどい時で五分間であること。

(二)  外傷性てんかんの発作は、多くの場合加齢と共に減少するが、薬剤の投与によりその発作を抑止し得るものの完全に消失する保証はなく、また治療等によって軽快することは期待できないこと。

(三)  このため原告は車の運転、高所の作業、機械を扱う作業等危険な業務について就業が制限されること。

(四)  原告は、昭和五八年三月福岡建設専門学校卒業後、同年七月から一〇月まで、杉設計事務所で見習として就労し、交通費、弁当代として月額金六、七万円の収入を得、同年一一月以降は、父親の経営する角野建装に就労し、月額金一二万円程度の収入を得ていること。

右当事者間に争いのない事実及び認定事実によれば、原告は、満二一才から満六七才まで稼働して収入を得ることができるところ、その得べかり収入は年平均、賃金センサス(昭和五七年度)第一表産業計、企業規模計、男子労働者高卒、年合計の平均給与額金三六六万五、二〇〇円とみるのが相当であり、右外傷性てんかん症の後遺症は労働基準法施行規則別表第二表の第九級に該当するものということができ、右後遺症第九級の労働能力喪失率は、労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)の別表「労働能力喪失率表」によれば三五パーセントとされているところ、原告の給与及び症状に照らし、原告の場合、その労働能力を三〇パーセント喪失したにすぎないものと認めるのが相当であり、以上認定したところに基づき年別ライプニッツ方式により後遺症の発症した昭和五六年一月二七日現在(原告は満一九才)における損害の現価を算出すると、金一、七八三万二、六六四円となる。

366万5,200円×0.3×(18.077-1.859)=1783万2,664円

2  慰藉料

原告の前記認定の傷害、後遺症に対する慰藉料は、前記認定の後遺症の内容、程度、逸失利益、同人の年令等諸般の事情を考慮すると金三〇〇万円が相当である。

3  過失相殺

前記認定事実、《証拠省略》によれば、原告は、野球部のフリーバッティング練習により打球に当る危険があることを熟知しているところ、野球部がフリーバッティング練習を始めたことに気付いていたにもかかわらず、漫然と、身体の右側面をホームベース側に向けて、ハンドボールのゴールポスト付近にしゃがみ込んでライン引きに従事し、打球の行方に注意を怠ったことが認められ、原告の右過失が本件事故の発生に大きく寄与していることは明らかであり、その過失の割合は、大澤校長らの過失の程度と比較すれば、五〇パーセントをもって相当とする。

従って、右1、2の損害額につき五〇パーセントの過失相殺をすれば、その結果は金一、〇四一万六、三三二円となる。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告が本件訴訟を原告代理人らに委任し、福岡県弁護士会弁護士報酬規定の範囲内の報酬を支払う旨約したことが認められ、本件事案の内容、認定額等諸般の事情に鑑み、本件事故による損害として原告が被告に賠償を求め得べき弁護士費用相当額は金一〇〇万円をもって相当とする。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、右損害合計金一、一四一万六、三三二円と、これに対する後遺症発症日の翌日である昭和五六年一月二八日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍋山健 裁判官 渡邉安一 渡邉了造)

〈以下省略〉

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